あたりまえに思えることって、実は当たり前なんかじゃないんだと思う。
先週、渋谷で映画を見たのね。夜。
その後一緒に行った友達とごはんしようかって話しながら、
モアイ像の前の坂道を歩いてたの。
すると、目の前を体長30センチくらいの茶色い鳥が走り抜けてく。
でっかいうずらみたいな。
なんかくわえて。一生懸命にとっととっと走ってるの。
後からよく考えてみると、渋谷にそんな鳥は自生してないだろうから、
きっとどこかの店から逃げ出した食材の七面鳥とかホロホロ鳥とかなんだと思う。
飛べなくて走っていたのだし。
鳥は、そのまま車道に飛び出して。
走ってきた車が一台、少しスピードをゆるめて過ぎていって。
だから、きっと渡れると思ったの。
「鳥は車道を渡って向こうに行ける」
それがそのとき私の思った「あたりまえ」
だから、渡りきるところを確認したくて。
で。「気をつけるんだよー」って言ってご飯食べにいくつもりだったの。
ところが。
二台目の車が鳥をはねてしまって。
路肩に飛ばされるとかではなくて、もう、はじけてしまって。
目の前で。
私が何かに気をつけていたとしても、何もできなかったんだけど。
でも。
今しかないかもしれないんだ。と、すごく思った。
鳥に起きたことは、自分にもおこるかもしれない。
私の大切なひとにもおこるかもしれない。
だから。だから。
いま、伝えたいことは伝える。
「ありがとう」とか「そのしぐさが好き」とかね。
鳥に、詩を送ります。
『最後だとわかっていたなら』
ノーマ コーネット マレック/作
佐川 睦/訳
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう
あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう
あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう
あなたは言わなくても 分かってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう
たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい
そして私達は 忘れないようにしたい
若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも
約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日がこないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや 抱擁や キスをするための ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうしてしてあげられなかったのかと
だから 今日 あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう
「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから
『最後だとわかっていたなら』
ノーマ コーネット マレック/作
佐川 睦/訳(サンクチュアリ出版)
http://www.sanctuarybooks.jp/saigodato/